Diary 2012. 4
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4月1日 (日)  昇仙峡

 山梨県甲府市からバスで40分、まことにこの世のものかと思うばかりの、神々しい、山と川と植物と精霊の谷があった。その坂道を徒歩で1時間かけて登った。学生時代に屋久島宮之浦岳に登った親友たちと同行である。お互い体力の衰えを冷やかしながらも、最後は意地でたどり着いた。もう2度と出来ないかもしれない最愛の友たちとの山登りであった。今は亡き友とも再会を果たせたような気がしてならない。
 不思議なことがあった。記念の集合写真に私のへそに卵大の翡翠が写っている、というのである。電子メールで送ってもらったが、おそらく霧のいたずらであろうと思うが、友達の頭上と足元にも拇指頭大の翡翠がいくつかある。吉か凶かいずれにしても天の贈り物として、ありがたくいただこう。
 天気が急速に崩れ、富士山は見ることができなかったが、日本はどこに行っても自然も人も美しい、この日本とそこに住む人を愛し、守らなければという強い思いにこの身をふるわせた。
 もう一つ不思議なことに、別に打ち合わせたわけではないが、飯山一郎の兄貴が甲府市に来ていたことである。会うことはできなかったが、これも天の采配であろう。兄貴が先導する乳酸菌運動は、現代の文明を根底から変える革命的な力を内包していると感じている。
 気まぐれ裕馬もがんばらなくっちゃ。
ヒヒン・・・裕馬
 


4月17日 (火)  大事なこと

 尖閣諸島を東京都が買い上げると宣言したらしい。中国とつき合うには日本的曖昧さは通用しないので、それでよかろう。しかし大事なことは、日本が豊かな未来を築くには、中国、朝鮮、ロシア、台湾、東南アジア諸国と深く結びつき、共存共栄の経済圏を作ることだと思う。日本を歪め、むさぼり尽くそうとしているアメリカとは、距離を置くべきである。そうすることにより、アメリカも多少はましな国になるかもしれない。日本がアメリカを駄目な国にしているのであるから。アメリカの延命装置日本は当然、安楽死のボタンを握っているのですよ。日本よ、もっと賢くなれ。
ヒヒン・・・裕馬


4月19日 (木)  身勝手な絆社会

 日本の救急隊の(救急救命士の)レベルは確実に上がっている。今日、93才の御婦人を見送った。心停止で新マッサージされながら救急搬送され、心拍再開したが1週間後に亡くなったのだ。おかげで親族は皆、別れを告げに駆けつけることができた。良かったと思う。
 問題は現実を踏まえた社会的ルールが出来ていないことである。元気で長生きして最後はころりと死ぬ、それが理想でしょ。ころりと死ぬのを許さぬこの医療体制は改革すべきでしょ。現場は困り抜いているのです。93才の御婦人に心マッサージをするのはさぞためらったであろう。
 交通事故で救急車を呼ぶのは当然だが、医療の必要がない人を運ばざるを得ない救急隊の悩みをどうにかして欲しい。医療機関も大変だ。夜中に起こされ、元気な「患者」を診せられ、診断書まで書かされる医師の身になって欲しい。
 役人も政治家も職務怠慢だ。早く社会的な解決策を作れ!と言いたい。
 ヒヒン・・・裕馬


4月23日 (月)  原発にたかるハエやウジやアリ

 原発は腐ったデコレーションケーキである。一般人は近寄れないようにして、腐っているのを隠していたのだ。だがハエやウジやアリはその毒で作った腐った金にむらがりむさぼった。福島の原発事故でその毒がまき散らされ、その腐臭に誰もが正体を知った。しかしそれでもなお、腐った金に毒された虫けらどもの心に国民の悲鳴は響かない。虫けら共は経済を支配し、政治を支配し、我々を支配している。原発を一掃し虫けら共を一層しない限り、この国の未来はない。
 ヒヒン・・・裕馬


4月23日 (月)  ルールのない熱意は不幸の元

 先日、超高齢のご婦人が心肺停止で救急搬送されてきたことを紹介した。救急隊員が心マッサージをしながら来院し、心拍再開したので病室に移し、人工呼吸器を装着したが、その1週間後に天国に召された。みな職務に忠実である。日本人は熱心で勤勉なのだ。だが死にたくても死なせてくれないと嘆く高齢者を、大量に生みだしているこの国のシステムの不備(政治行政の不作為)は不幸を拡大生産している。回復の見込みのない高齢者に径管栄養などの医療行為を始めることがいかに多いことか。早急にルールが必要だ。
 日本全国どこに行っても、山には杉が植えてある。つくづく日本人は熱心で勤勉だなと思う。しかし野放図な原生林の丸刈りと杉植林により、多様な森林の機能が失われ、スギ花粉症を国民病としてしまった。
 震災瓦礫の受け入れを表明する自治体が相次いでいる。さすが日本である。しかし、復興の具体的計画も瓦礫の最終処理の指針もないのに、とりあえずゴミを片付け(拡散)きれいにしましたよと自慢したいだけの政策ではないかと危惧する。
 


4月25日 (水)  明日の判決

 小沢えん罪でっち上げ裁判の判決が明日、下される。日本の警察、検察、裁判所はこれまで多くの冤罪の犠牲者を作ってきた。個人や組織が手柄を立て出世するためにだ。だが今回はその規模が大きすぎる。有罪でも無罪でも、この国の共同体幻想を証明することになる。闇の支配者の影に多くの国民が気づくことになる。どうせ闇に隠れることができなければ、お天道様に身を晒しても欲を貫くか、闇に隠れたままでいるのか、悪魔の判断にかかっている。常識的には無罪である。だがもうすでにこの国はファシズムの国家になっていると断言してよい。有罪の判決が出る可能性も高い。だけど裕馬は信じたい。日本人はバカではない。サムライの心をどこかにもっていると。
        ヒヒん・・・裕馬


4月26日 (木)  小沢無罪判決の意味するもの

 無理筋をごり押しすると、民主主義的法治国家日本という幻想が暴かれるので、とりあえず無罪ということにして、他の手段に切り替えたというのが、今回の判決であろう。卑怯な攻撃をしたおのれを恥じる振りだけでもするかと思ったが、敵対勢力、マスゴミどもは政治的道義的責任とやらをまたぞろ持ち出して、判決の意味するものから国民の目をそらそうとしている。
 事件をでっち上げ、罪をでっち上げ、愛国政治家をつぶし、売国政治家を養成し、日本を支配し吸いつくす存在とのせめぎあいの結果が今日の判決だ。


4月26日 (木)  小沢無罪判決の意味するもの

 日本の再興への道作りが始められるかもしれない。消費税増税法案の粉砕。原発再稼働策謀の粉砕。TPP亡国策謀の粉砕。日米安保条約の粉砕。などなど。要するに日本解体策謀の粉砕である。壊し屋とそしられようが、やって欲しい。日本が日本でなくなるということは、我々は日本人として生きていけなくなるということである。今そのような危機的状況にあるのだから。
 日本の危機は世界の危機である。福島の事故は収束していないどころか、世界中に過酷な災禍をもたらすほどの危険を内包している。この原発事故をその豪腕でねじ伏せて欲しい。この絶望的状況の中で、一すじの光明を見た思いを抱いたのは、俺だけではないはずだ。


4月28日 (土)  しがっじょかの前夜祭

 4月8日が鹿児島弁(かごっまべん)ふうになまると、「しがっじょか」となる。お釈迦さまの誕生日を祝う県内3大行事の一つである。しかしその日は雨が多く最近では4月29日に開催されるようになったのだと。
 毎年鹿児島県志布志市の宝満寺境内ではその前夜祭として舞踊が奉納される。なんと、馬主も毎年日本舞踊を踊っているのだ。
 観音菩薩を祀る宝満寺は奈良時代の創健とされて安産の御利益があり、県内外からの参拝客も多い。この宝満寺を中心として祭りが行われるのだ。江戸時代より町を挙げて盛大に祝われていたらしい。
 さて馬主の踊りだが、練習不足の割には大した間違いもなく最後まで無難に踊っていた。馬主の踊りの実力をよく知っている裕馬は、ハラハラドキドキの5分間であった。「よかった、良かった、終わってよかった。」てなもんである。周りの心配をよそにその夜馬主は、志布志銀座街の可愛いいねーちゃんたちと祝杯を上げたという。
 脳天気もいい加減にせー・・・裕馬


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