Diary 2009. 7
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7月1日 (水)  我が家の庭の山野草

 オオハンゲ(さといも科)
常緑樹林の中で見つけて、ソテツの蔭に移植した。ウラシマ草と似て、浦島太郎が釣竿を担いだような花が面白い。花の色が緑でなく白色だが、別種ではないだろう。
 左がオオハンゲ。右はムサシアブミ。花は葉の下に隠れている。

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7月2日 (木)  ライオンズクラブ会長就任

 馬主が志布志ライオンズクラブ会長になっちゃったって。それで今日はその第1回定例会だってさ。会報に就任挨拶が載っていたので紹介しよう。
  会長テーマ「共に築こう地域の健康」
 今ここに生きている。志布志の地でこの時代を生きる多くの中の一人。そのような私たちが、ささやかな永続的な奉仕活動を通じて、身も心も社会も健康な、地域づくりに貢献したい。この志を、ライオンのみならず多くの地域のかたがたと、共有し実践したい。これが願いです。まさしく地名のごとく、志に志を重ねるこの地なればこそ。
 ・・・裕馬はライオンじゃなく馬だけど、馬でも一緒に奉仕活動に入れておくれよおー。ヒヒン!

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7月3日 (金)  ナンゴウウラシマソウ

 ウラシマ草の仲間をもうひとつ紹介しよう。志布志町内の各地の山林で良く見かける。やしの葉のような葉の下に茶色の花が咲くが、それがまるで浦島太郎が釣りざををたれているように見えることからこの名がついた。今は花はすでに咲き終わっている。

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7月5日 (日)  タミフル耐性

 インフルエンザA型は突然変異しやすいのが特徴だが、日本でもついにタミフル耐性の株が出たようだ。ヨーロッパではすでにかなりの数で耐性株が確認されている。この冬には大流行が予想されるので、今は坑ウィルス薬の使用は禁止すべきであろう。敵との決戦を前に、新兵器の情報を漏らすようなものだ。どうやらワクチンは1500万人分しか用意できないようだ。弱毒性なので健康な人は、自宅で床に臥して、体温を38度以上に保ち、水分・糖分・塩分をいつもより多く補給すれば自分の免疫力で治る。しかし体力のない人は、合併症で命を失うこともある。通常の季節型インフルエンザでも、毎年1万人近くが死んでいるわが国だが、今回はおそらくその数倍の死者が出るだろう。大変なことになりそうだ。
 裕馬は早寝早起き、体を冷やさず、好き嫌いなく腹八部食べ、毎日の運動を欠かさず、隣人愛に満ち、悩まず、ストレスは上手にかわし、脳天気に暮らしているからから大丈夫。それと馬主のような大酒のみではないしね。(ここだけの内緒の話だよ。馬主は医者のくせに毎年インフルエンザにかかっているんだよ。付き合いがいいからつい患者の風邪に付き合ってしまうのだと言い訳しているけどね。)そんなわけで裕馬はぜんぜん心配してなーい!
ヒヒン!・・・裕馬


7月11日 (土)  曽於奄美会

 沖永良部に生まれ、鹿屋、東京、伊仙、鹿児島、古仁屋、名瀬、鹿児島、鹿屋、加計呂麻、鹿屋、指宿、喜入、高山、開聞、志布志、吾平、鹿屋、志布志と主に鹿児島県内を転々とした。一所懸命は性分ではない。先祖は沖縄を拠点に東南アジアの香木などを内地に運ぶ海の民だったらしい。琉球の3山王国時代、中山に負けた北山の王族を船で沖永良部まで落ち延びさせ、そのまま農民として居着いたとのことだ。以来600年間、沖永良部で一所懸命、土地を耕してきたのだが、海族の先祖の血が、一所懸命を良しとさせないのであろうか。  
 そのような私が、志布志に来てもう8年だ。歳を考えると定住すべきなのだろうが、どうにも血がうずく。年甲斐もなく、次は南方進出だの、北方進出だのと思い巡らしている。
 驚くのは、どこに行っても奄美人が居る事だ。どこに行っても奄美人の集まりがあり、蛇皮線、指笛、太鼓、島歌、踊り、焼酎が飛び交う。同じ海洋民族の血を受け継いでいるのだろう。嬉しく、懐かしく、楽しい。焼酎に酔い、話し、歌い、踊って、皆と再会を約束した。


7月12日 (日)  寿命

 世代交代は長くても人で50年、企業で25年、政権は12年であろう。それ以上居座ると弊害が出てくる。
 平成10年、馬主は参議院選挙に出馬した。裕馬もマスコットキャラクターとして大活躍した。このとき馬主は、21世紀に自民党は存在しないと、大胆にも公言した。それから12年、未だに自民党はその老醜(腐臭さえも放っている)をさらしながら、生きながらえている。腐敗した、既得権益を守る官産複合体が延命治療を続けているのだ。
 この都議選と来るべき衆議院選は、死臭を放つ老党の、死に水をとり、延命装置たる官産複合体を解体する端緒としなければならない。それができなければ、我が国は亡国の道を歩むであろう。
 もう我慢の限界だ。貧困、憂い、不安、絶望、怒り、病い、老化、とにかく困窮する人は皆、投票という行動で世の中を変えようではないか。
 もちろん裕馬は投票権はないが、「ダメ!絶対!棄権はダメ!」運動の先頭に立つからね。
ヒヒン!・・・裕馬


7月13日 (月)  日本人はいつまでも馬鹿ではいない

 都議選は予想のとおり、自民党の惨敗だった。予想のとおり、テレビ、新聞の扱いは冷ややかだ。さっそく自民党の復調ムードを、でっち上げる算段でもしているのであろう。
 馬主の話だが、テレビは嘘つきらしい。昭和58年、馬主が30歳のころ、奄美大島の瀬戸内町へきち診療所に勤務していたそうだ。この時、NHKの取材があったそうだ。インタビューに答えて、僻地医療の問題を、過疎化をもたらす日本経済のいびつな搾取構造から掘り起こし、30分もしゃっべったのに、出来上がった番組は、頑張っている離島の町と医師をかっこよく描くと言うものであったそうだ。記者に抗議したが、番組の中身は、取材の前から決められており、現地に来たこともないディレクターが編集するのだとの弁解だったそうだ。
 そういえば、裕馬もテレビの取材を受けたが、番組の中ではカットされていた。悔しくて抗議したが、パンツの脇からジャガイモがこぼれかけていたので公共の電波に乗せられなかったのだと。裕馬のジャガイモが、チラッと見えたぐらいがなんだってんだ!大嘘はいっぱいながしているくせに!
 ヒヒン!・・・裕馬


7月14日 (火)  ヒヒンではないではないヒンである

 一般には「あのね」だが、東京では「あのさ」、沖縄でも「さ」だ。鹿児島では「あんよ」だ。ところが沖永良部では「あのヒン」となる。びっくりしたときの感嘆詞適用法で「あれーまー」といわず、沖永良部では「あべー」、徳之島では「あげー」、奄美大島では「はげー」となる。面白いことに薩摩半島南端の頴娃町でも「あべー」である。
 奄美人はどこから来たか?答えは、北から。大隈・薩摩からである。理由は「朝ズバ」じゃないが、裕馬がそう考えるからである。大和朝廷に4度も攻められて南の拠点に逃げた、ときの熊襲王国支配層と兵士の子孫が奄美・琉球人の大方であろう。熊襲も捨てたもんではない。一度は天皇を矢で射殺している。帰るに帰れなかった大和の遠征部隊は、アリバイ工作のために、皇后による百済遠征の物語りをでっちあげた。昔も今も、支配者は、うそを味方につけたがる。
 何度も蜂起し、敗れるたびに南へ避難した裕馬の先祖が琉球王国を作る力になったのだ。なぜなら、裕馬がそう思うからである。
 あのヒン・・・裕馬


7月17日 (金)  ほたるを飛ばそう会結成

 昨夕午後9時、志布志市民の有志5名により、志布志にほたるを復活させようという、市民の会の準備委員会が結成された。手始めに宝満寺を候補地とすることになった。県外にまで名が知られ、市民が集う歴史のある候補地だ。導水をどうするか、水質管理をどうするか、えさの川ニナ、川ニナのえさの藻、解決すべき問題は多い。多くの市民を巻き込み、地域全体に広げよう。夢はふくらむ。市民の環境問題への意識改革にもなる。当然、農業(農薬)問題にもからんでくる。あ!そうだ!飯山一郎(リンク参照)兄貴も巻き込まねば。


7月20日 (月)  馬は裏切らない

 馬主によると、人は裏切る動物なのだそうだ。馬主が弟のようにかわいがっていた人がいて、その人をある会社の社長にしてやったそうだ。その人は嬉しくて、一生忠誠を誓うと宣言したそうだ。馬主はこう答えたそうだ。
 「結婚式の時、忠誠を誓っても裏切る人が多いでしょ。今の忠誠の言葉も、そのうち古くなって忘れられ、カビが生え、腐ってくる。そんなもん食ったら、腹をこわしてしまう。俺は、日々新しく育てる新鮮な信頼関係をこそ、食いたいね。」
 なるほどね。その社長は、その5年後には馬主を裏切ったそうだ。求めもしないのに、忠誠を誓うような人は、用心しないとね。
 政治の世界は、離合集散を繰り返しているから、忠誠と裏切りのるつぼなんでしょうね。初めから忠誠などなくして、議論、討論を日々積みあげ、信頼できる同志を集めて、政治運動を作ればよいのにと思う。議会でさえもが、親分子分の世界なのに、民主主義が実現できるとは思えないよね。
 これから自民党の解党まで、裏切り劇がいろいろな形で出てくるだろう。面白そうだ。テレビから目が離せなくなった。


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