3月25日 (水)  土壇場の一郎

 今朝は早起きして、志布志の山宮神社の境内を掃除した。樹齢1千年以上の大楠の落ち葉や、満開の桜から舞い落ちた花びらを、神々に感謝を込めてほうきで掃いた。
昨日の一郎はまさしく侍であった。同時に神々が守護神としてしっかりと傍らにいるのが見えたような気がした。
野球選手の一郎がそうであったように、政治家の一郎もそうであった。己を信じ敵にに立ち向かうその気迫は、危機を必ず突破するとの確信を誰にも感じさせた。しかし,おかしな話である。企業献金を手放したくない自民党が、政治資金規正法に抜け道を作り、禁止された企業献金が流れてくるようにして、政権政党としてのうまみをたっぷり味わってきた。その抜け道を他の政党が使うのは許さないというのだから。なりふりかまわぬ後進国もびっくりの対立政党つぶしに出た自民党はおそらく自らの寿命の切れかかっていることにおびえているのだろう。まあ、落ち着いて桜でも見て、潔く散ることの美しさに気づいてほしいものだね。
 話は変わるが、そういえば、裕馬の義兄にもう一人、一郎がいた。他の一郎に負けない闘士である。株式投資(闘士?)だけではありません。世のため人のため戦う闘士である。もっと知りたい人は「飯山一郎」で検索してみてください。

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